3月のメッセージ

2013年3月3日

南房教会 原田 史郎

 

「わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させてくださったのは神です。」

(コリント信徒への手紙Ⅰ、3章6節)

 

20年間勤めた幼稚園の園長を離れて、4年になるのですが、今までの行きがかり上、キリスト教保育連盟の編集委員会に関係しています。この編集委員会の仕事は、毎月出される定期刊行物の企画、編集が主なものです。編集実務(この仕事の方が大変で、専門のスタッフがいます)は、編集部の方が担当してくれますから、もっぱら企画の知恵を出し、幼児教育のみならず、広く教育や社会で活動されている方たちのネットワークを探って、執筆の候補者をリストアップするのです。この他、図書紹介など、細かいことがありますが、その中に、二つの刊行物の巻頭言に目を通します。

実は、この巻頭言を読むのは、とても惠なのです。というのは、ファクッスで送られてくるゲラ刷りを読みながら、いつも教えられたり、納得したりすることが多くあるからです。

先日送られてきた「ともに育つ」紙4月号のゲラ刷りの巻頭言は、北海道のひばりが丘明星幼稚園の相良郁子先生が「成長させるのは神」と題して書いておられました。「今から十数年前、小学校の子どもたちに“あなたは、いつ、どんな時に初めて神さまを感じましたか?”という質問用紙に記入してもらったことがあります。“どんなことがかかれるのかなあ”と思っていましたが、当幼稚園の卒園生である3年生のKくんが“幼稚園の入園式の時”“○○ちゃんといきなり目があって、ニコッと笑ってくれた時”と書いてくれました」

子どもが初めて入園する時は、大人が思う以上の緊張があります。今まで、お母さんの膝や胸にくっついていて、いつも親が傍にいる保護されていたところから、大勢の知らない子どもたちが集まっている園に、初めて親と離れるのです。ですから、相良郁子先生は「期待もあったでしょうが、それ以上に不安や恐怖や緊張など、言葉では言い表せないほどのいろいろの思いでいっぱいだったでしょう」というのです。

「けれども、そこでKくんが予想だにしないことが起こったのです。それは、○○ちゃんが、Kくん向かってニコッと笑ってくれたのです。・・それまでの恐怖や不安や緊張がいっぺんに溶けていくような思いを経験したのではないかと思います」

 Kくんのこの思いや感じが、神さまの暖かいまなざしとして意識され、実感されてきたのは、それからの相良先生の園の保育によるところが多いと思います。

このことを通して、神さまは、わたしたち誰にでも、生涯に一度のみならず、何度も微笑かけてくださっているのではないでしょうか。それを受け止めることの出来るわたしたちの霊的な感性と共に、それを育んでくれる環境がいるのだと思います。宗教改革者カルバンの「教会(キリスト教幼稚園も含めて)は、信仰を育てる母の膝である」という言葉を想起します。

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