12月のメッセージ

2013年12月1日    

牧師 原田 史郎

 

「それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた」

                       ヨハネによる福音書114

 

 キリストのご降誕を待つ今年の「待降節(アドベント)」は121日(日)からです。12月は、晦日(みそか)月で「師走(しはす)」ともいわれ、普段、鷹揚に構えている先生も走り回るという月です。「お盆と正月が一緒にきたような忙しさ」とよくいいますが、まさに「クリスマスとお正月が一緒にくる」のですから忙しいのです。館山の大型スーパーに行くと、教会を上回るようなイルミネーションが飾られ、すでにクリスマス商戦に入っていますが、同時に、お正月のおせち料理の予約が始まっていました。わたしたちもクリスマス用に、真っ赤なポインセチヤやシクラメンを物色しながら、おせちコーナーのところにくれば、来年は、デパートならぬ、このスーパーの三段重ねでも注文しようか、などと話したことでした。

 

しかしクリスマスには、この出来事自体にメッセージがあります。それを聞き取るために、思いを静めて、わたしたちに与えられようとしている天来の恵みに心を向けたいのです。クリスマスの喜びは、神さまがわたしたちを顧み、その独り子なるキリストをこの世界にお送りくださったということです。それは、この世の罪と闇に苦しんでいるわたしたちのところに神さまが来られたことと同じことなのです。「言(見えない真理である神のことば)は肉(わたしたちが見て触れる様な体)となって、わたしたちの間に宿られた」と聖書はいいます。

 先日来、中日アメリカ大使として着任したキャロライン・ケネデイさんの動静がよく報道されます。この間は、福島の被災地に訪れ、被災者の方たちと親しく話しているのが放映されました。日米の間には、沖縄の基地のほか難しい問題もあって、手放しで喜べる状況でもないのですが、それでも被災者の方たちが喜んでおられる光景はほほえましことでした。それは、彼女が故ケネデイ大統領の叶わなかった日本を愛し、その関係を強めたいという使命を持って、日本人に接しているからであろうと思います。

 わたしたちが一番苦しんでいるところ、一番弱いところ、光や方向性が見えないでさ迷っているところ、そこに主イエス・キリストは、平和の救い主として、来てくださったのです。ひとりの女性大使よりも、はるかに勝る神の独り子が、わたしたちに光と救いを下さるためにきてくださったのがクリスマスなのです。24日(火)の聖夜(イブ)礼拝をもって、待降節は終わり、主イエスのご降誕を祝うクリスマスを迎えます。

クリスマスの恵みが、あなたにありますように!

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