3月のメッセージ「生と死の交錯の中で」

2016年3月6日

南房教会牧師  原田史郎

                  

「この人のするままにさせておきなさい。わたしの葬りの日のために、それを取って置いたのだから。」

ヨハネによる福音書12章7節 

    

 教会の暦は今年、2月10日の「灰の水曜日」といわれる日から、「受難節」(レント)という期節に入っています。この期節は40日間続き、明けた3月27日(日)がキリストの復活を祝う「復活日」(イースター)です。以前、この期間のとき、キリスト者は肉食を取らず、結婚式も自粛して克己を主としましたが、最近は、キリストの苦難と共に、その後の「復活日」(イースター)を強く意識して歩むように変わっています。

 「受難節(レント)」が設けられたのは、初代教会時代に、洗礼式が復活祭前夜に執り行われることと関係しています。受洗志願者は、洗礼前に断食をして祈りましたが、そこに既に洗礼を受けた人たちも加わって、4世紀ごろになると、教会の修養期間として定着してきました。

 南房教会の3月6日(日)の礼拝では、ヨハネによる福音書12章1~8節から「香油を注がれた主」 という主題で聖書を読みました。その要旨は、次のようです。

 

「過ぎ越しの6日前に、主イエスと弟子たちは、ベタニアにあるラザロの家に行きました。食卓の席に主がついておられるとき「マリアが純粋で非常に高価なナルドの香油を一リトラ持って来て、イエスの足に塗り、自分の髪でその足をぬぐった」のでした。彼女の霊的な識別力が、主の受難を悟らせたのです。香油の香りが、部屋いっぱいに満ちたとき、ユダが言いました。「なぜ、この香油を300デナリオン(労働者10ヶ月分の収入に匹敵する)で売って、貧しい人々に施さなかったのか」 部屋の空気は、この一言で、重苦しく、気まずいものに一変してしまいました。

しかし、主は「この人のするままにさせておきなさい。わたしの葬りの日のために、それを取って置いたのだから」と言われます。喜びの日のための香油は、死と葬りの備えになりました。また、生き返らされたラザロの生と主の死が交錯しています。だが、死で全てが終わるのではありません。主の死の向こうには、わたしたちのために、復活という希望の光が射しているのです。」(3月13日週報)

 

数年おきに、教会の暦に従って、わたしたちは同じ聖書の箇所を読んでいるのですが、今年、特に印象に残ったことは、ベタニアの食卓を支配した「喜びの日のための香油は、死と葬りの備え」になり、また、主によって「生き返らされたラザロの生と主の死の予告」という対照的なことが、ここに交錯していることです。

 

 今の日本は、少子超高齢化の時代です。死者の数が、生まれてくる命より多く、必然的に、移民を受け入れない限り、人口の減少を止めることは出来ません。当番になり、町内会の班長をしていますが、訃報を知らせる緊急の回覧板が多いことに気付きます。館山に来た人が、葬儀社の多いのに驚いたと言いましたが、地元新聞やチラシで葬儀の公告を見ない日はありません。死は、人の好みに関係なく、わたしたちの日常に死が広がっているのです。 

一方、新しい命の誕生のために国や地方自治体もいろいろな施策を講じ、やっきになっていますが、社会の仕組みと環境が出産、育児しながら働けるように整えられていないことを、識者たちが指摘しています。先日、健康な女性が、仕事や独身という社会的な理由で、凍結卵子を使って出産していたことが話題になりました。今のところ体外受精の妊娠率は10パーセント位で高くないそうですが、将来、確率が高くなれば、独身女性や晩婚になっても、子どもを産むことが出来るようになるでしょう。このような高齢出産の常態化には、宗教的、倫理的にも考えるべきことが多々あるのですが、医療技術と人々の意識は、既に先行してしまっています。

 わたしたちが生きていることは、また死もそこにあるということです。イエスの十字架死は、罪人の報酬としての死、裁きとしての死を主が坦ってくださる贖いの死でありました。それ故、主イエスの死は、神の力による復活によって、生への、永遠の命への道を開くこととなったのです。人は誰もが死に抗い、生に固着します。ベタニアの家で、主に香油を注いだマリアが悟ったことは、死の予感の中に、それでもなお復活の命に至る希望を失わなかったことではないかと思います。そのとき彼女は、愛する主のために、喜びの嫁入りの日に備えていた「純粋で非常に高価なナルドの香油」を主の受難が近づいているという悲しみの中にも、喜びをもって主の足に油を注いだのでした。

もどる