旧約における神の言葉

 牧師 原田 史郎

列王記上22617節      

「主は生きておられる。主がわたしに言われる事をわたしは告げる。」[14]預言者ミカヤは、アハブ王のラモト・ギレアドヘの出陣に預言を求められました。その際、王の使いの者は、王の意向に沿うようにと、ミカヤに言い含めます。そのとき言った言葉が14節です。

 「主が言われる」(アマール・ヤハウエ)、主の言葉は、人間の言葉のように、音声や記号ではありません。「光あれ。」と主が言葉を発せられたなら、そこには確実に光が現われ、具体的な出来事が起こるのです。

 ミカヤは、王の意向に反して、戦いが敗北に終わることを告げ「イスラエルが皆、羊飼いのいない羊のように散っているのを見た。」と言い、また「主は、“彼らには主人がいない"」と預言しました。神の言葉は、飼う者のいない羊のようなわたしたちに、深い憐れみと慈愛に満ちているのです。(マルコ6:31)

 神さまは、救い主イェスを遣わしてくださいます。わたしたちは、このアドベントで、真の羊飼いでありたもう救い主をこころから待ち望むのです。

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