試みと悪からの救い

牧師 原田史郎

エフェソ信徒への手紙6章10~13節

 

「主の祈り」の第6番目の祈りは、「われらを試みにあわせず、悪より救い出(いだ)したまえ」です。このよう祈るのは、わたしたちの信仰生活に、その歩みを妨げる誘惑や攻撃があることを示しています。それに対して、わたしたちが強い者であれば、何も問題はありません。だが、わたしたちは、ハイデルベルク信仰問答書がいうように「もともと、まことに弱く、片時も(主に結びついていることを)保ちえない」者なのです。それゆえ、「神さまの聖きみ霊の力によって強め、彼らに対して激しく手向かい、この霊の戦いにおいて、敗れることなく、ついにわれわれが、完全に勝利をおさめることができるようにして下さい(同問答書127問)」と祈るのです。

「われらを試みにあわせず」というのは、悪い者、すなわち悪魔から来る試みです。神さまの試みは、わたしたちの信仰を強め、信頼と服従をより確かなものにします。だが、悪魔から来る試みは、わたしたちの信仰を動揺させ、失望や絶望に追いやられるのです。

この悪魔の執拗な攻撃と誘惑に対して、使徒パウロは「悪魔の策略に対抗して立つことができるように、神の武具を身に着けなさい」と言います。悪との戦いは、倫理的、道徳的な戦いではなく、「暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊を相手にする」霊の戦いなのです。使徒は、神の武具を、ローマの兵士の服装にたとえて語りますが、その中で、特に二つのことを心がけたいものです。

一つは「霊の剣、すなわち神の言葉を取りなさい」です。日々、聖書を短い箇所でもよいですから、魂の養いのために読むのです。そしてもう一つは「どのような時にも、霊に助けられて祈り、願い求める」ことです。わたしたちの信仰の歩みは、漠然としたものではなく、明確に神さまの勝利をいただくという希望によるのです。

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