「良い羊飼いイエス」

(5月4日の説教から)

牧師  原田 史郎

ヨハネによる福音書10章7~18節

 

 主イエスは「わたしは良い羊飼いである」と言われます。何故ならば「良い羊飼いは、羊のために命を捨てる」ことが出来るからです。

パレスチナの羊には、いつも危険がありました。ひとつは、羊が群れから迷い出てしまう危険です。草を食べているときなどに、一寸したことで離れた羊は、方向感覚がありませんから、なかなか群れに戻れません。道に迷い、岩の窪みに嵌ったりすれば、自分で脱出するのが難しいのです。また、狼や盗人などの敵が、虎視眈々と隙を狙っていました。

しかし、羊飼いは、この羊を脅かす危険に対処し、羊を救うために、しばしば彼自身の命をも賭けることがありました。主イエスは「わたしは羊のために命を捨てる」と言われます。イエスが十字架上で死んでくださったことによって、わたしたちの罪が赦され、永遠の命への道が開かれたのです。宗教改革者マルチン・ルターは「主はわたしを追いやられません。主はわたしをおびやかしません。ただ主は、その優しい恵みを示してくださり、ご自分の上にわたしを負い、それによってわたしがやすらかに主の背に横たわり、かつがれるままに運ばれるようにしてくださいました」(1532年復活節第二主日の説教)と語りました。主イエス・キリストは、いつもわたしたちを導き、守り、癒して、新しく生きる力を与えてくださるのです。

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