「その名は『主はわれらの救い』」

(11月30日の説教から)

牧師 原田 史郎

ルカによる福音書21章25~36節

エレミヤは「見よ、わたしが、イスラエルの家とユダの家に恵みの約束を果たす日が来る(エレミヤ書33章14節)」と神の約束を語りました。「その日、その時、正義の若枝を生え出させる」と言われた神は、その若枝を「その名は『主はわれらの救い』と呼ばれるであろう」と預言されました。この若枝こそ、福音書が証しする「イエス・キリスト」において成就したのです。

主イエスは、エレミヤ預言の「恵みの約束を果たす日」の有様を、ルカによる福音書21章で語っておられます。この約束の日の到来には、予兆があるということです。いちじくの葉が出始めると、人々は、夏が近づいていることを知りました。「それと同じように、あなた方は、これらのこと(21章25~28節)が起こるのを見たら、神の国が近づいていると悟りなさい」と主は言われます。自然界の異常気象や変動も、この日の警告なのです。

そして、さらに、この日に備えて「放縦や深酒や生活の煩いで、心が鈍くならないように注意しなさい」と勧められます。最近、深夜ラジオで “今だけ、金だけ、自分だけ”という「三だけ主義」が放送され、一寸、話題になりました。神への畏れも、永遠や魂に対しても心が鈍くなった今の現世主義的な生き方を表わしたのでしょう。このような当世の風潮であるだけに、わたしたちは主の「人の子の前に立つことができるように、いつも目を覚まして祈りなさい」とのお言葉を心にとめつつ、歩みましょう。

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