「教会が語り続けていること」

(5月31日の説教から)

牧師 原田 多恵子

 使徒言行録2章22~36節

聖霊が降ったとき、祈っていた人たちは、他国の言葉で神の偉大な業について語り出しました。これを聞いた人々は、新しいぶどう酒に酔っているのだと言いましたが、ペトロをはじめ使徒たちは、「わたしの言葉に耳を傾けてください」と語り出します。自分たちは、酒に酔っているのではなく、これは預言者ヨエルの預言の成就であること(2章17~21節)。さらに、ダビデの預言のように、神がイエスをキリストとして復活させたということを70人訳聖書の詩編15編8~11節を引用して証しします(25~35節)。そしてペトロは「だから、イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです」と力強く語りました。

主が十字架に付けられたあと、弟子たちは、ユダヤ人たちを恐れ、戸に鍵を掛けて隠れていました。しかし、聖霊は、人を恐れて臆病になっていた彼らから恐れを取り去り、聖書の預言を悟らせ、大胆に神の救いの業を語る者へと変えられました。

聖霊は、教会とわたしたち一人一人にも注がれているのです。感謝と祈りをもって、主の救いを証ししつつ、聖霊によって歩みましょう。

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