「枠外の人にも救いがある」

(6月19日の説教から)

原田 史郎 牧師

エフェソの信徒への手紙2章11~22節  

                             

 「こうしてキリストは、双方を御自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現し、十字架を通して、両者を一つの体として、神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました」聖書は、キリストによって、選民イスラエルと異邦人との壁が取り除かれ、救いの枠外にいた異邦人にも救いが広げられたことを語ります。

 枠を広げ、また廃止することは、当然のことながら、既に枠の中にあって既得権を持っている人たちから、激しい抵抗と反発が出てきます。預言者ヨナは、敵ニネベに悔い改めを述べるために遣わされましたが、都の住民が悔い改め、神が憐れまれると「このことに大いに不満であり、彼は怒った(ヨナ書4章1節)」のでした。ニネベに起こる出来事を見定めようと、厳しい日照の中にいた預言者に、神はとうごまの木を備えて日陰に作られます。だが、この木は虫が食い荒らしたため枯れてしまいました。さらに砂漠からの熱風が吹いてくると、預言者は怒りのあまり死にたいくらいだと、主に訴えます。

 しかし主は、ヨナに「どうしてわたしが、この大いなる都ニネベを惜しまずにいられるだろうか(同書11節)」と言われます。旧約時代にあっても、神の救いの枠組みは、人間の都合のよい枠に、決して縛られることはないのです。

 1955年12月1日の木曜日、ローザ・パークスは、帰宅のためバスに乗りました。当時、アラバマ州モンゴメリーのバスは、前部10席は白人専用、後部10席は黒人専用、そして真中の16席は区別がありませんでした。やがて前の席が白人で一杯になり、一人の白人が立ちました。すると運転手が、真中の席に座っていたローザ・パークスに席を開け渡すように言いすが、彼女は立つことを拒み、そのまま座り続けました。彼の通報によって、彼女はバス分離法に違反したとして、即刻逮捕されます。 この知らせを受けた黒人たちは、月曜日の裁判に対処して、バス乗車ボイコットを呼び掛けるビラを配り、日曜日の礼拝の説教で、この件を取り上げることを決めました。その後の大衆集会にマルチン・ルサー・キング・ジュニアが代表に選ばれ、枠の撤廃に向けての枠の外にいる人々の公民権運動が始まりました。枠の外の人々に、救いが広がって行く一つの出来ごとでした。

 枠の内にある人も、外にいる人も「キリストによってわたしたち両方の者が一つの霊に結ばれて、御父に近づくことができるのです」という言葉は真実です。そこに真の平和が訪れるのです。

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