「雀一羽、神の許しなくば地に落ちず」

(10月23日(日)の説教から)

牧師 原田史郎

マタイによる福音書10章26~31節

 「恐るべき者」と題される10章26から31節までのこの説話は、前段の「迫害を予告する」(16から25節)を受けています。主イエスは、迫害を前にして真に恐るべき者はなにかを示し「恐れてはならない」と教えられたのです。

 わたしたちは、いつも何かしらの不安や恐れを持っています。このような弱さを持ちながら、信仰を最期まで、全う出来るのかとも、考えてしまいます。

 しかし主は「体を殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい」と言われました。真に恐れるべき方を恐れるとき、他の恐れは、もはや、わたしたちを決定的に脅かすものではないのです。

また、市場や道端で「二羽の雀が1アサリオンで売られて」いました。でも主は「だが、その一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない」と言われます。一羽では、値段がつかない小さな雀にも、神の慈しみの目は向けられているのです。「だから、恐れるな。あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている」 神の大きなみ手に信頼して歩むのです。

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