復活顕現(2)

     牧師 原田 史郎

ヨハネによる福音書21章1~14

 ガリラヤに戻った数人の弟子たちに、復活の主は、ご自身を現わされました。エルサレムで復活の主にお会いしたものの、彼らの心には、主の十字架の痛みと傷とが大きくあったことだと思います。精神病理学者が「対象喪失反応」という、愛する人を失い、その悲しみと喪失感が生きる力を弱める状態であったこことが想像されます。それは3・11で経験したように、わたしたちにいつでも起こることなのです。

ペテロが「漁に行く」と言い、他の弟子たちも、舟に乗り、網を打ちました。だが、その夜は、何も獲れません。主の居られないところでは、どんな働きも、最後は徒労に終わるのです。夜が明けたころ、岸辺に立っておられた主イエスが「船の右側に網を打ちなさい」と言われます。そのお言葉に従って網を打つと、魚が多くて、網を引き揚げることが出来ないほどでした。主のお言葉に耳を傾け、従うとき、そこには大きな恵みと祝福があることを知らされます。

陸に上がった弟子たちは、教会の聖餐式を暗示する、主の用意されたパンと魚によって暖められ、新しい活力をいただいたのでした。このキリストにわたしたちの生きる力があるのです。

前回 目次へ 次回