「神の民の選び」

(11月15日の説教から)

  原田 史郎 牧師

創世記12章1~9節

 

「あなたは生まれ故郷/父の家を離れて/わたしが示す地に行きなさい」と主はアブラハム(アブラム)に言われました。このときアブラハムは75歳でした。古代世界ではまだ高齢という年齢ではありませんが、「セムの系図(11章)」をみると、子どもをもうける年齢はとっくに過ぎていました。主がわたしたちに語りかけられるときは、そこに神の大きなご計画が隠されています。「わたしはあなたを大いなる国民にし/あなたを祝福する」と主は言われます。「大いなる国民」と言われても、彼には子どもがありません。「地上の氏族はすべて/あなたによって祝福に入る」と語られても、見知らぬ土地に寄留するさすらいの一支族が、はたしてそのような祝福の源になることが出来るのでしょうか。しかし、「アブラ(ハ)ムは主の言葉に従って旅立った」のでした。信仰だけが、神の言葉を受けとめ、真実とするのです。

主イエスは、彼が「わたしの日を見るのを楽しみにしていた。そして、それを見て喜んだのである(ヨハネによる福音書8章56節)」と言われました。アブラハムは、その生涯にこの救いの成就をみることは出来ませんでした。しかし、今、イエス・キリストによって、すべての人々が、神の救いに入ることが出来るのです。アブラハムはそれを信じ、喜んだのです。神のアブラハムの選びに、主の大いなる救いのご計画があったのです。

前回 目次へ 次回