ナザレの人と呼ばれる主 1月3日の説教 梁在哲牧師 エレミヤ書31章15~17節 マタイによる福音書2章13~23節 ナザレという町は南ガリラヤ地方のタボル山に近く、周囲は高い丘に囲まれており、ローマの守備隊が駐屯していた。そのせいか、ナザレは周囲から蔑視され、後にフィリポから誘われたナタナエルでさえ、「ナザレから何か良いものが出るだろうか」(ヨハネ1:46)と言うほど無視された、孤立した小さな町であった。イエスは、その町で育てられたゆえに、「ナザレの人」と呼ばれた(マタイ2:23)。ところが、その名がエッサイの株から萌え出でた一つの芽(ネチル)に由来したもの(イザヤ11:1)なのか、あるいは、サムソンのようなナジル人(士師記13:5)からなのかは定かではない。預言者ホセアはイスラエルの民をエジプトから呼び出し、救われた神の御業を告げたが(ホセア11:1)、福音書は、その「出エジプト」の歴史をエジプトに逃れ、再び出られる救い主の苦難の影として伝えている(マタイ2:14~15)。 それゆえ、彼の物語(His-Story)、すなわち歴史は、イエスを信じる者にとって罪と死の奴隷から解放される影となる。預言者エレミヤは、幼子イエスの苦しみと共に数多くの母ラケルが激しく嘆き悲しみ、慰めさえ拒むようになると預言した(エレミヤ31:15)。このように、救い主の公の生涯は、抹殺しょうとする闇の企てから転々と逃れる苦しみから始まり、故郷からも排斥され(マタイ13:57~58)、抹殺の極みである十字架にいたるのである。父なる神は、御子イエスの死を通して働いてくださるゆえに、御子は十字架の受難と死を通してわたしたちの罪を代わりに担ってくださった。ナザレが周囲から蔑視され、また「ナザレの人と呼ばれる主」が故郷からも排斥されたように、わたしたちの「十字架の言葉」も、時には愚かなものと見做される。けれどもわたしたちは、折を得ても得なくても、父なる神の力である御子イエスの「十字架の言葉」を聖霊の御助けを求めつつ、宣べ伝えたいと願う。 |