キリストの住まい

牧師  原田多恵子

エフェソの信徒への手紙3章14~21節

 

 地上での主イエスは、「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。だが、 人の子には枕する所もない(ルカ9章58節)」と言われました。十字架を経て、復活された主は、天に昇り、父なる神の右に座し給いました。

 使徒パウロは、この天にいます主イエス・キリストが、主を信じる私たちの内にも住みたもう「内住のキリスト」なるお方であると言います。「信仰によってあなたがたの心の内にキリストを住まわせ」るようにと、彼は祈ります。使徒は、既に1章15~19節でも、エフェソの信徒たちの霊的な成長と祝福のために祈っていますが、3章では、さらにその祈りを深め、彼らが「愛に根ざし、愛にしっかりと立つ者としてくださるように」と祈り、勧めるのです。

 キリストがわたしたちの内にいますということを知るのは、「愛(アガペー)」がそこにあるかどうかによって、分かることです。人間は、心にあるものによって支配され、語り、行動します。良い木は、良い実を結びますが、悪い木は、良い実を結ぶことは出来ません。キリストがわたしたちの内にいますなら、このお方によって愛が生まれてくるのです。

 わたしたちの心の内に、聖霊によって、神の力によって、わたしたちの内なる人が強められ、キリストが内に住まわれるように祈り求めたいものです。「キリストの愛の広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解し・・・そしてついには、神の満ちあふれる豊かさのすべてにあずかり、それによって満たされるように」

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