癒しの主・キリスト

(2月8日の説教から)

牧師 原田 多恵子

ルカによる福音書5章17~26節

 主イエスが、教えや病気の癒しをされているとき「男たちが中風を患っている人を床に乗せて運んで来て、家の中に入れてイエスの前に置こう」とします。しかし、大勢の人がいて家に入れなかったために「屋根に上って瓦をはがし、人々の真ん中のイエスの前に、病人を床ごとつり降ろし」ました。

主は彼らの信仰を見て「人よ、あなたの罪は赦された」と言われます。当時、病気は、掟を守らない罪から来ると見做され、それ故、病気は神の罰と考えられていました。病気の原因は、ヨブ記1章にあるように、サタンの誘惑によって罪を犯すことなどのケースもありますが、いずれにしても罪に関るものであったと考えられていたのです。この罪の赦しために、祭司による供え物の執り成しがされるのですが、イエスは、彼らの信仰を見て、ご自身の権威によって罪の赦しを宣言されました。これを見ていたファリサイ派や律法の教師たちは「ただ神のほかに、いったいだれが罪を赦すことができるだろうか」と心の中で呟きます。罪はどのようにして赦されるのか、という問題が提起されているのです。

 そこでイエスは「人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを知らせよう」と言われ、中風の人に「起き上がり、床を担いで家に帰りなさい」と言われると、「その人はすぐさま皆の前で立ち上がり、神を賛美しながら家に帰っていった」のでした。今日、病気は、いろいろな原因によることが分かっていますが、主イエスによって、病の根である罪の赦しがわたしたちに与えられていると、聖書は告げます。体や心を病んでいる多くの人々を癒される主は、わたしたちの病と罪を負ってくださり、わたしたちの病を癒し、罪を赦してくださる「癒しの主」なのです。

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