「祝福に招かれている」

(6月7日の説教から)

牧師 原田 史郎

使徒言行録2章37~47節

聖霊に満たされたペトロの説教に心を打たれた人々は「わたしたちはどうしたらよいのですか」と言いました。「心を打たれる」の原語は、「刺し通す」という意味ですが、ただ心に刺さっただけではなく、新共同訳は感動の意味をもった「打たれる」と訳しています。

そこでペトロは「悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によって洗礼を受け、罪を赦していただきなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます」と勧めました。その結果、この日3千人ほどの人々が仲間に加わり、新しいキリストの共同体(教会)が生まれました。

この人たちは、すべてのものを共有しました。でもこの方式が続いたという記録はありませんから、ごく初期の一時的なものであったと思われます。しかし、この時の精神である「皆一つになって」「共有にし」「分け合った」という、愛による一致は、今も教会の変わることのない原点です。そして彼らは、聖餐を含む共同の食事と礼拝を守り、神を賛美したのです。わたしたちも、罪の赦しと聖霊をいただきこの祝福に招かれているのです。

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