「復活を希望として」

(7月3日の説教から)

原田 史郎 牧師

ヨハネによる福音書5章19~36節

 ヨハネ福音書は、父なる神と子であるキリストとの一体性を強調します。

それは「父が死者を復活させて命をお与えになるように、子も、与えたいと思う者に命を与える」ことにも明らかにされています。御子の権威は、父から来るのです。御子が、わたしたちに復活の命をくださることは、御子は父と等しい「神」であることを証ししているのです。

 そして神である主イエス・キリストは「はっきり言っておく。わたしの言葉を聞いて、わたしをお遣わしになった方を信じる者は、永遠の命を得、また、裁かれることなく、死から命へと移っている」と言われます。ここに復活の命に生きようとする者の大切なことがあります。それは、「わたしの言葉を聞いて」とあるように、主の御言葉を先ず聞くことから、わたしたちの命の道が開かれるということです。わたしたちの感性は、まず見ることを優先させますが、信仰は聞くことから始まるのです(ローマの信徒への手紙10章17節)。御言葉を聞いて、それをわたしたちの生涯に結びつけるとき、そこに救いがもたらされます。なぜなら、主の御言葉を聞いて受け入れることは、「わたしは命のパンである(ヨハネによる福音書6章35節)」と言われたキリストをいただくことであるからです。「今や、その時である」と言われるように、復活の命は、もうわたしたちの前に来ています。絶えず御言葉に聴従しつつ、復活を希望として歩みましょう。

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