「主の希望を見よ」

12月3日   牧師 原田史郎

イザヤ書51章4~11節

 

  「わたしの民よ、心してわたしに聞け、わたしの国よ、わたしに耳を向けよ」と主は言われます。主の教え、裁き(公正)が人々の光と輝き、正義がもたらされ、救いが現れるからです。これらの「ダビデ的メシア」預言は、今日、新約聖書のイエス・キリストによって実現したものです。

 また「天に向かって目をあげ、下に広がる地を見渡せ」と主は言われます。天地が滅び、消え失せても「わたしの救いはとこしえに続き、わたしの恵みの業が絶えることはない」からです。

この福音に応えて「奮い立て、奮い立て(ウーリー、ウーリー)」と、イザヤは神に懇願するように民を喚起します。主の救いが近づいているのです。「島々はわたしに望みをおき、わたしの腕を待ち望む」と主は言われます。アドベント期間にあるわたしたちも、主に希望を置き、救いの到来を祈り願いつつ、その時を待ち望むのです。

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