聖霊に従う新しい生き方

8月18日説教

梁在哲牧師(役員代読)

 

出エジプト記34章4~9節   ローマの信徒への手紙7章1~6節

使徒パウロは、「結婚した女は、夫の生存中は律法によって夫に結ばれているが、夫が死ねば、自分を夫に結び付けていた律法から解放され」、新しい夫を迎え、子孫に恵まれるように新しい夫であるキリストに結ばれた者は、新しい子孫に恵まれ、「父なる神に対して実を結ぶようになる」と証した(ローマ7:2・4)。以前、夫である律法に縛られ、肉に従って生きていた妻は、罪といた子どもを産んでその結果、死に至る実を結んだからである(7:5節)。その新しい実は、ただ、父なる神の栄光のために結ばれるものであるがゆえに、主イエスは、「あなたがたが豊かに実を結び、わたしの弟子となるなら、それによって、わたしの父は栄光をお受けになる」と言われた(ヨハネ15:8)。

新しい夫、キリストに結ばれた者は、父なる神の栄光のために新しい子孫に恵まれ、「父なる神に対して実を結ぶようになる」と、詩編の記者は、褒め称えた。つまり、主なる神は、シオンでメシア王国を建てられ、主を信じる世界万民は、シオンと呼ばれる教会で生まれ、新しい実を結び、また、そのシオンで世界の異邦の民たちは、主なる神の王国に迎え入れられ、彼らは、歌い踊りながら新しい実を結び、その救いの源は、シオンと呼ばれる教会の中にある(詩編87:5~7)。一方、パウロは、古い者がキリストと共に十字架につけられたように、律法の妻も死ぬことによって古い夫、律法との関係に終止符を打ち、律法に従う生き方は、死を意味するものだと明らかにした。

そして、新しい夫に仕える道は、モーセの律法によるものではなく、キリストの復活を信じて、「聖霊に従う新しい生き方」であり、それこそ、新しい夫、キリストに仕えるものだと、証した(ローマ7:6)。パウロにとって文字に従う古い生き方は、モーセの律法によるもので、主なる神は、モーセに二度目の律法をお授けになった(出エジプト34:4・10・28)。パウロは、御子イエス・キリストの十字架の犠牲によって罪と死の奴隷から解放された者は、父なる神の奴隷となり、「聖なる生活の実を結び、行き着くところは、永遠の命である」と証した(ローマ6:22)。しかし、弱いわたしたちは、以前の古い生き方へ帰ろうとする誘惑にも晒されているのではなかろうか。どうか聖霊の御助けによってその誘惑に打ち勝って、「聖霊に従う新しい生き方」へ踏み出し、新しい実を結ぶように祈り、願う。

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