苦しみと慰めを共にして下さる主

1月5日説教

梁在哲牧師

エレミヤ書31章15~17節  マタイによる福音書2章13~23節

お生まれになったばかりのユダヤ人の王は、ユダヤの地で歓迎されるどころか、殺意に満ちていたヘロデ王の手を逃れてエジプトに避難した。ヨセフと母マリアは、主の天使のお告げに従い、エジプトに避難したが、当時、ローマ帝国の植民地であったエジプトには、ヘロデ王の手が届かなかったからである(マタイ2:13~14)。ユダヤ人のエジプトへの避難は、歴史的にさかのぼるとアブラハムとその子孫、ヨセフが飢饉のために、また、バビロンの捕囚の際、預言者エレミヤをはじめ、大勢のユダヤ人がエジプトの方へ避難した。その後、アレックサンドリアの人口の5分の1がユダヤ人であったほど、大勢のユダヤ人がエジプトに住んでいた。それゆえ、ギリシャ語しか喋らないユダヤ人のために旧約聖書がギリシャ語で翻訳された。

当時、ヘロデ王は、ローマ帝国に属する王位であったが、ほぼ40年間に渡って強い権力を握っていた。彼はベツレヘムとその周辺一帯にいた2歳以下の男の子を一人残らず、殺させて、余りと言えば余りの残虐な仕打ちをした(マタイ2:16)。エレミヤの預言は、救い主イエス・キリストがお生まれになり、ベツレヘムその周辺一帯にいた2歳以下の男の子を全部殺された際、実現された(マタイ2:17~18)。エレミヤの預言通りに、数多くの母ラケルたちが「激しく嘆き、悲しみ、子孫たちがいなくなるゆえに慰めを拒む」ようになったからである(エレミヤ31:15)。しかし、エレミヤは、圧倒的な力によって異邦人の国へ連れ出される悲惨な状況の中でも、主なる神は、ユダヤの民たちのその嘆きと悲しみに決して目をそらすことなく、無関心でおられないことを告げた(エレミヤ31:16~17)。

ヘロデの大虐殺によって声を上げることさえ許されず、押し殺された人々の逃げ場のない嘆きと怒りと、悲しみの中で、御子イエスは、エレミヤの預言通り、その約束を携えてお生まれになった。ダビデは、息子アブサロムの謀反のために逃げ場のない嘆きと怒り、悲しみの中で、「私の助け、逃れ場である主なる神よ、速やかに訪れ、救い出し、助けてください」と祈った(詩編70:2~6)。父なる神は、罪と死の圧倒的な力のゆえに逃げ場のない嘆きと悲しみの中にあるわ私たちのために御子イエスをお遣わしになった。御子イエスは、「涙を拭いなさい。あなたの未来には希望がある。苦しみは報いられる」と言われ、「苦しみを共にして下さり、慰めをも共にしておられる」。新しい年のはじめに、聖霊の御助けによって「苦しみと慰めを共にくださる主」を仰ぎつつ、信仰の道を全うすることができるように祈り、願う。

前回 目次へ 次回