主イエスの宣教の根拠地 1月26日説教 梁在哲牧師 イザヤ書8章23b~9章3節 マタイによる福音書4章12~17節 主イエスは、洗礼者ヨハネが捕らえられたことをきっかけに福音宣教を始められた。その時、イエスは、ナザレを去ってカファルナウムに来て住まわれたが、その地は、「主イエスの宣教の根拠地」、「ゼブルンとナフタリのガリラヤ地方にある湖畔の町カファルナウム」であった。それは、預言者イザヤを通して言われていたことが実現するためであった(マタイ4:12~14)。主は、まことの光として世に来られ、「暗闇に住む民に、また、死の陰の地に住む者」を照らしてくださって新しい時代の夜明けが告げられた。ヨハネは、「悔い改めなさい」と促し、主は「悔い改めよ。天の国は近づいた」と、宣べ伝え始められた(マタイ4:16~17)。そこで主イエスが来られる道を整えて、荒れ野で叫んで来た洗礼者ヨハネの働きは、終わった。 預言者イザヤは、主なる神は、いつも辱めを受け続けたガリラヤ地方のゼブルンとナフタリの地にメシアをお遣わしになり、栄光を与えられ、イスラエルの苦難は、終ると預言した(イザヤ8:23)。イザヤは、救い主は、「まことの光り」として世に来られ、「闇の中を歩む民」と「死の陰の地に住む者」を、また、辱めを受け、蔑視されて来たガリラヤ地方を照らしてくださり、深い喜びと大きな楽しみをお与えになると告げた。また、メシアは、ギデオンの精鋭の3百人の兵士たちがミディアンの大軍を打ち破ったようにイスラエル民を負う軛や肩を打つ杖、また虐げる者の鞭のような「罪の力」を打ち破ってくださると預言した(イザヤ9:1~3)。その「ミディアンの日」の勝利は、イスラエルが「自分たちの力で救われた」と自慢できないように大軍ではなく、敢えて少人数の兵士たちによって得られたものであった。 詩編の記者ダビデも自分たちの先祖が語り伝えた出来事、即ち、主なる神がイスラエルの民をカナンの地に導かれたその出来事は、自分たちの力によるものではなく、主なる神の御腕の力、右の御手、御顔の光によるものであったと主なる神の御業を褒め称えた(詩編44:3~4)。父なる神は、御子イエス・キリストを世にお遣わしになり、軛と杖と鞭のような罪と死の力を打ち破ってくださった。そして、御子イエス・キリストは、「闇の中を歩み、死の陰の地に住む者たち」にまことの光を照らしてくださり、辱めを受け、蔑視されて来たこの地に、「新しいガリラヤ」である教会をお建てになられた。年の初めのあたり、我々は、聖霊の御助けによって、福音宣教の根拠地であり、御子イエス・キリストのお体なる教会に仕えつつ、自分の手や力に頼ることなく、父なる神の御手と御腕の力、御顔の光によってキリストの福音の領土を広げ、まことの勝利を得ることができるように切に祈り、願う。 |