いやすキリスト

2月23日説教

梁在哲牧師

 

列王記下5章1~19節   マタイによる福音書15章21~31節

主イエスはユダヤ人たちから強い反発を受け、ガリラヤ地方から退かれ、異邦人の地、ティルスとシドンの地方に行かれた(マタイ15:21)。主イエスは、そのような異邦人の町に福音を携えて行かれた。「すると、この地に生まれたカナンの女が出て来て、主よ、ダビデの子よ、わたしを憐れんでください。娘が悪霊にひどく苦しめられています」と叫んだ(22節)。そもそも、カナンは、パレスチナ原住民の名前で、彼らはユダヤ人に対して強い敵意を抱いていた。ところが、そのようなカナンの女が主よ、ダビデの子よと呼びながら主イエスに助けを求め、叫んだ。既にナザレイエスの噂は、その異邦人の町にも広がっていたからである。

しかし、イエスは何もお答えにならなかった。ご自分を排斥するユダヤ人たちの不信仰とこの異邦人女の熱心な姿をご覧になって複雑な思いをされたかも知れない。一方、弟子たちは、ただ面倒くさく思い、「この女を追い払ってください。とイエスに言った」(23節)。そこでイエスは、弟子たちを悟らせ、ご自分の使命を明らかにされるために、「わたしは、イスラエルの家の失われた羊のところにしか遣わされていない」と言われた(24節)。ダビデの子孫、救い主イエスは、先ず、イスラエルを救われるために来られたが、彼らは主イエスを排斥してしまい、福音は異邦人のほうに先に及ぼすようになった。

それゆえ、使徒パウロは、「神はユダヤ人だけの神ではなく、異邦人の神でもある」と証した(ローマ3:28~29)。さて、イエスの前に段々近づいてひれ伏し、お助けくださいと願う女にイエスは、普段巷で異邦人を軽蔑して言われる言葉をもって、「子供たちのパンを取って小犬にやってはいけない」とお答えになった。しかし、女はイエスの厳しくて冷たい反応にも決して落胆して退くことなく、むしろ、へりくだって小犬に自ら足りると思い、パン屑でもいただく忍耐と熱心な信仰をもってイエスに答えた(マタイ15:25~27)。重い皮膚病を患っていたアラム(シリア)の王の軍司令官、ナアマンは最初、エリシャの指示に謙遜どころか、主なる神の言葉を軽んじて高慢な姿勢を見せながら、憤慨したが家来たちの諌めを受け容れ、謙遜さを取り戻し、重い皮膚病は癒された(列王記下5:10~14)。

女の願いに主イエスは、はじめは、沈黙され、次は厳しい小犬のお話をされ、ついに、高く褒められた(マタイ15:28)。ダビデは、主なる神を褒め称える理由として、先ず、主なる神の祝福の中で最も大きな恵みは、罪を赦されることであると告白し、次の大きな恵みは、自分の病が癒され、回復されるそれこそ、主なる神を褒め称えるもう一つの理由として挙げ、御名を褒め称えた(詩編103:3~5)。イザヤの預言通りに主イエスは、我々の背きと咎のために刺し貫かれ、打ち砕かれ、我々は、主の受けた傷によって癒された(イザヤ53:3~5)。御子イエストは、ご自分の十字架の血潮と傷によって我々の罪をお赦し、癒してくださったからである。聖霊の御助けによって与えられる忍耐と謙遜さと熱意に答えてくださる父なる神が、御子イエス・キリストを通して成し遂げられる御救いと癒しの恵みを褒め称えたい。

前回 目次へ 次回