キリストの変容

3月30日説教

梁在哲牧

 

出エジプト記24章3~11節  マタイによる福音書17章1~13節

ペトロが信仰告白をした後、主イエスは、ご自分の受難を公に言い始められた。六日の後、イエスは、ファリサイ派の人々、長老、律法学者たちの強い反発に直面して北の方に行かれ、ペトロ、それにヤコブとその兄弟ヨハネだけを連れて高い山に登られた(マタイ17:1)。旧約の時代から礼拝と祈りは、高い山で行われていたが、殊に主なる神は、聖なる山シナイ山でモ-セを通してイスラエルと契約を結ばれた(出エジプト24:8)。しかし、イスラエルはその契約を守ることに失敗してバビロンに捕虜として連れ出され、預言者エレミヤは「新しい契約」を預言し、それはキリストの十字架によって成就された。それゆえ、主イエスは、最後の晩餐で「この杯は、あなたがたのために流されるわたしの血による新しい契約である」と言われた(ルカ22:20)。主イエスのお言葉によって古い契約は、廃止され、「新しい契約」が結ばれた。

さて、主イエスの姿が弟子たちの目の前で変わり、顔は太陽のように輝き、服は光のように白くなって、見ると、モ-セとエリヤが現れ、主イエスと語り合っていた。そして、光り輝く 雲が彼らを覆い、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け」という声が雲の中から聞こえ、弟子たちは、ひれ伏し、非常に恐れたが主イエスは近づき、彼らに手を触れて「起きなさい.恐れることはない」と言われた。その後、彼らが顔を上げて見ると、イエスのほかにはだれもいなかった(マタイ17:2~8節)。ペトロは、後にその光景のすべてを証した(ペトロⅡ1:16~18)。詩編145篇は、詩編の結論としてダビデの名前が最後に出てくる箇所であるが、ダビデは、昔、奴隷の国エジプトでファラオ王を襲った災いと葦の海が分かれた奇跡の前に人々は、ひれ伏し、非常に恐れたゆえに、主なる神の尊厳と威光を伝え、その驚くべき奇跡の御業を褒め称えた(詩編145:5~6)。

そして、一同が山を下りる時、主は、「ご自分の十字架の贖いと復活の栄光」にあずかる者のみ、「今見たこと」を証しし、話すことが許されると弟子たちに命じられた(マタイ17:9)。高い山で主は、栄光の変容を成し遂げられた後、ガリラヤで再びご自分の受難を予告された。ご自分の栄光は、十字架の苦しみと死、そして復活がなければ現れないからであった。弟子たちは、高い山で栄光に輝く「キリストの変容」を目の当たりした後、荒れ野で叫んでヘロデ王によって首をはねられた洗礼者ヨハネこそ、真のエリヤであることを悟った(マタイ17:13)。御子イエスは、聖なる高い山で父なる神より、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け」と誉れと栄光を受けられた。そしてご自分の十字架の苦しみと死、復活にあずかる者のみ、ご自分の栄光を伝え、証しすることが許されると命じられた。今も主イエスは、恐れを覚え、苦しみ悩みの中にあるわたしたちに近づき、手を触れて「起きなさい。恐れることはない」とお声をお掛けになり、立ち上がらせてくださる。

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