新しい別の道

12月28日説教

梁在哲牧師

 

イザヤ書49章7~13節  マタイによる福音書2章1~12節

東方の博士たちは、もし、新しい王様が生まれたなら、今の王様が知っているはずだと思ったので最初からヘロデ王の宮殿に向かって、「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです」と訊ねた(マタイ2:1~2)。ユダヤ人たちは、自分たちの王が生まれたことを知らなかったのに、遠い東方の国から異邦人の博士たちは、ユダヤ人の王が生まれたのを知って拝みに来たその矛盾の中で、主イエスは、ユダヤ人の王として生まれ、十字架の上でユダヤ人の王として死なれた。それを聞いて、ヘロデ王は不安を抱いた。東方の国から来た異邦人の博士たちのお知らせは、燃えあがる火に油をふりかけるようにヘロデ王の恐怖心を煽った。ところが、不安を感じたのは、エルサレムの人々も皆、同様であった(3節)。エルサレムの人々がヘロデ王のことを本当に心配したからではなく、王が変わる度に起きる混乱や戦争への恐怖心のために不安を抱いたからである。

不安定で残忍なヘロデ王を不安そうに見ていたエルサレムの人々とは、対照的に、詩編の記者は、ソロモン王こそ、牧場に降り、地を潤す豊かな雨のように民を治めるように祈った。それゆえ、全ての民は、ソロモン王に感謝し、尊敬するようになるからであった(詩編72:6~7)。ヘロデが祭司長たちや 律法学者たちにメシアの誕生のことを確かめたところ、預言者ミカの預言通り、ユダヤのベツレヘムであることを知った(マタイ2:4~6)。そこで、彼は、占星術の学者たちをひそかに呼び寄せ、星の現れた時期を確かめた上で、「行ってその子のことを詳しく調べ見つかったら知らせてくれ。わたしも行って拝もう」と言ってベツレヘムへ送り出した。そのように東方の博士たちは、ヘロデ王に騙されてエルサレムを離れたが、再び現われた星に導かれ、幼子のいる場所の上に止まったその星を見て喜びにあふれた(7~10節)。

占星術の学者たちは、家に入って母マリアと共におられた幼子にひれ伏して拝み、黃金、乳香、没薬を献げた。彼らは、ヘロデ王に因んだ噂や初印象のために、心の中で不安や疑いなどを感じていたその時、ヘロデのところへ帰るなと、夢でお告げがあって、「別の道を通って自分たちの国へ帰って行った」(11~12節)。主なる神は、邪悪な者の企てを防ぎ、主イエスのご降誕を真心を持って喜んで迎え入れる者の道を導いてくださり、彼らは、別の道を通って行った。預言者イザヤは、イスラエルの民のために葦の海を開いてくださった主なる神は、救い主を通して「全ての山に道をひらき、広い道を高く通し、地の果てに至るまで四方の国々から救い主を迎えるために来る」と告げた(イザヤ49:11~12)。

博士たちが幼子イエスに出会って献げた宝物は、彼らが今まで星を頼りにしていた生き方を捨てて、幼子イエスにひれ伏し、拝み、幼子イエスを信じて行こうとする決意のしるしではなかろうか。別の道を通って故郷へ帰ってゆくことは、単なる帰り道を変えたというだけではなく、今までの生き方を捨てて違う道を歩んで行くという人生の新たな歩みの始まりではなかろうか。父なる神は、御子イエス・キリストを通してご自分に至る全く新しい道を開いてくださった。幼子イエスのご誕生を喜び祝う我々に例え、山々のような課題や問題が山積していても、すべての山に道をひらき、広い道を高く通す父なる神が御子イエス・キリストを通して「新しい別の道を開いてくださるように祈り、願う。

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